白樺王子の愛するブログ

ほんとうのしあわせのために

【気づきの話】お金を使うということは人への親切と考えればいいと思った話

f:id:hymjp360:20210830232730j:plain

欲しいものを買ったはずなのになぜか罪悪感

僕は元々、若いころは大学を3年生で中退して、バンドマンをやるという結構な自由な生き方をしていたので、社会人になるのが人より遅くて、そのため普通に働いて社会に出た人よりも経済的には遅れていて、お金に困る生活を長くしていたせいか、お金の使い方というのが少し下手くそな気がしています。

最近、車を買ったり、義理の妹の結婚式のご祝儀など、大きなお金が出ていく機会が多く、銀行口座の数字がみるみる少なくなっていく現状を認めたくないのか、なるべく口座の額を見ないようにしています。

あるユーチューバーの方の動画でお金の流れを良くする方法という話がありまして、少しスピリチュアル的な方の動画なのですが、お金を好きになるとか、お金を使うときにありがとうと言うとか、豊かだなぁと思うなど色々な方法を述べていたのですが、僕もその考え方にはとても共感出来ましたし、実践しています。

お金というのは回るものだと僕は思っています。世の中は全て助け合いの世界です。自分ひとりだけで生きていける世界ではないはずです。なので、お金を沢山稼げる人、稼ぐのが難しい人、色々いると思うのですが、できれば平等に回るのが理想的だと僕は思います。

僕の見させていただいた動画の方もおっしゃっていたのですが、お金も流れが悪くなると入ってこなくなるので、循環を良くさせるためにある程度使う必要があるというのです。これはお金を沢山稼いでいる人は良くいっているのを耳にしますので、本当のことなんだろうなと思います。

今までの僕はたくさんお金を使うと、なぜか罪悪感のようなものを感じてました。あぁ、またいっぱい使っちゃったよ...と欲しいものを買ったはずなのになぜかいい気持ちではないことがよくありました。

それは、最初に話したように、自分が好きなことをして社会に出るのが遅かったので、僕の周りの人よりも経済力はやっぱり差があって、決して悪い年収ではないと思うのですが、どこかで「お金がない」と思っている、無意識下で僕はお金がない人ですと認めてしまっている現れなのではないのだろうか?と自己分析しています。

f:id:hymjp360:20210830232800j:plain

「お金がない」と思う癖はしあわせには繋がらないのかもしれません

欲しいものを買ったのに、本当は喜ばしく思うことなのに、罪悪感を感じてしまうというのは、とってももったいないことだと僕は気づきました。お金というのは数字の世界ですよね。どうも僕の中で数字という概念は僕の思う安心というしあわせの想いから何かを奪う材料に繋がっていく気がしてならないのですが...。

お金が増えると安心で、お金が少なくなると不安、これはお金の魔力なのかもしれません。でも僕はこれを考えたときに、はっ!と気づいたのです。僕がお金を出して少し不安になるかもしれないけれど、その一方でそのお金で安心を得ている人もいるんだな!と思ったんです。

僕はこれに気づいたときに、お金がないと思うことというのは、ひょっとして独りよがりなのかもしれないな...と思いました。例えば自分のところだけに沢山お金が入ってくるとします。そして自分だけは何が起きても困らないぐらい裕福になったとします。するとお金の循環が悪くなります。自分だけは安心ですが、お金の流れが悪くなった人はお金が入ってこない、ずっと不安な思いを頂き続けなければなりません。

でも裕福な人が、困っている人にお金を回したとしたら、裕福な人は困っている人から感謝され、困っている人は豊かになる、きっとこれが健全な世界なんだろうなって思いました。なので、お金がないではなく、お金が回って良かったと思った方がいいのかな?と思いました。

自分だけが良ければいい、そんな考えが心の奥深くにあるのかもしれません。でも、自分だけでなく、みんなが豊かになると考えれば、お金が自分の元から離れていくことが悪いことではないんだなって思えると気づいたのです。

そして、そう考えることで自分が罪悪感を感じることも減っていくと思うのです。そして、誰かが作ってくれたものが自分を豊かにしてくれる、そして作ってくれた人に感謝してお金を支払う、このお金を使うことで、僕も豊かになり、誰かが喜んでいると思えばWinWinだし、僕も幸せになれる気がしました。

f:id:hymjp360:20210830232834j:plain

一番手軽に出来る誰かへの親切

親切という言葉が適切かどうかは自信がないのですが、お金を支払うことで誰かが喜ぶのであればどんな支払いだって無駄ではないと思うのです。節約、節約というのも決して悪い考え方ではないと思います。でも、僕はある程度自分が満たされているのなら、余力があれば、その分で何かを買うということは、誰かへの親切につながると僕は感じています。

当たり前のようにコンビニでパンを買っても、自販機でコーヒーを買っても、その数百円が誰かの仕事に結びつき、仕事が生まれることで誰かへの収入ができると思えば、贅沢と考えるよりも自分もしあわせになれるんです。

笑顔が苦手な人もいます。人に挨拶をすることが苦手な人もいます。でも、自販機でコーヒーを買うのはお金さえあれば簡単にできます。愛想も必要ありません。でも、どこかで誰かが喜びます。毎月当たり前のように支払っている公共料金も税金も、どこかで誰かの仕事に繋がって誰かが喜びます。こう考えると、一番手軽に出来る誰かへの親切なのではないのだろうか?と思いました。

お金というシステムがもっともっと発展して、みんながハッピーになれる世界になることを願っています。

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

f:id:hymjp360:20210830232906j:plain

f:id:hymjp360:20210830232917j:plain

f:id:hymjp360:20210830232932j:plain

撮影地:東京都青梅市 吹上じょうぶ公園

撮影機材:Leica CL  エルマリート TL18mm F2.8 ASPH