白樺王子の愛するブログ

ほんとうのしあわせのために

【自分研究】しあわせはコントロール出来ると思った話

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訓練は必要だと思いますが、しあわせはコントロールできると思います。

お盆休みの前半、台風の影響はあったものの、充実した時間をあっちゃんと一緒に過ごすことができました。僕たちは基本的にはとても仲良し、まるで幼い子供をそのまま大きくしたようなカップルだと思います。会話は常にメルヘンチック、スピリチュアルの話や自然の美しさに感動、夕焼けを一緒に手をつないで見てるだけで、生きていてよかったと思えるほどの幸福感を感じます。

ただ、そんな僕たちも険悪ムードになることももちろんあります。付きあいはじめの頃は、謎に体調が悪くなるあっちゃんに、僕と一緒にいるのは嫌なのだろうかといった気持になってしまったり、話が噛み合わずに誤解が先行して状況が悪くなってしまうといったことがよくありました。

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もうすぐ2周年を迎える今となっては、お互いの信頼感が大きくなってきて、険悪になる回数や度合も少なくなってきましたが、先日の連休最終日にひょんなことから、少し険悪ムードになる兆候がありました。

僕は、人の価値観はみんな違っていいと思っている、逆に違ってよくて合わせようとするから、苦しくなるんじゃないか?と思っているという話をしたとき、あっちゃんのテンションが急激に下がるのを感じました。僕は、あれ?なんかまずいこと言ったのかな?と思ったので、聞いてみると価値観が一緒の人がいいと言うことでした。

さらに深堀して聞いてみると、以前、僕があっちゃんに話した過去の行いについての心配を煽る話題だったことがわかりました。

僕が元妻と結婚生活をしている中で、写真の趣味が合う女性と一緒に何度か二人で撮影に出かけることがあって、僕は妻に了解を得て行ってたので罪悪感はなく、ただ趣味をともに楽しむ仲間という自分の中の境界は保っていたものの、もし結婚していなかったら好きになってしまっていたかもしれないという話をしたことがありました。

あっちゃんにとっては、僕のこの行動は心配の種でしかなく、女性関係の価値観が合う人が自分の理想だから、合わない人は受け入れられないときっぱり僕に言ってきたのです。

以前の僕ならいろいろ言い訳をしたかもしれません。今は違うとか、そんなことはもう思わないとか。でも僕はそんなことを言っても無意味だということがもうわかっています。僕は何も言わずにただ笑顔で「そっか」と言っただけです。

「あっちゃんがそう思うのならそれでいいんだ、僕はこれが自分だって受け入れてる、自分は誠実だと思っている。あっちゃんが価値観の合う人を選びたかったら僕はその思いを受けいれるよ!」

こんなことを言いながら笑顔を崩さずに、自分を否定せずにあっちゃんの気持ちを全部受け止めました。そして最後にこう付け加えました。

「僕とあっちゃんは愛だから、価値じゃ測れないんだ。僕はあっちゃんにどう思われてもあっちゃんと一緒にいたいって気持ちはかわらないんだ!価値観が違ったって一緒にいたいと思ってるよ」

とにかく意識したのは、自分はどんな境遇になってもしあわせだ!という思いを崩さなかったこと、そしてこれはあっちゃんの価値観であって、僕の価値観ではないこと、だから僕の価値観を押し付けるようなことはしない、そう考えると反論する意欲もわきません。

あっちゃんは僕の反応を見て、もう笑うしかなかったようです。そのあとはいつものように仲良しな二人にすぐ戻ることができました。以前の僕なら機嫌を損ねて、口を閉ざしていたと思います。また険悪になってしまっていたかもしれません。

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人生は選択の連続です

今回のように、僕が機嫌を損ねることも、自分を否定せずに気持ちを受け止めることも、自分がどちらを選択するか?だけのように思います。そして機嫌を損ねずにしっかり向き合ったことで、険悪にならずに過ごすことができました。

僕はいつでも仲良しの二人が理想です。無意識に機嫌を損ねてしまっては、本当に自分が望む理想が遠ざかってしまいます。自分の理想を実現するべく、自分がとる選択をしっかり考えるように意識していれば、いつもしあわせを選択することは可能だと僕は思います。

人は何度も争いを繰り返してきました。殺し合いを制したものだけが生き残ることが許される世界でしたが、変わりました。人々は平和を望みました。愛を選んだ結果だと思います。地球全体が変わろうとしていると思います。争いを選択しないでも共存できる道を探し始めています。僕は地球全体が愛で包まれればいいなと思っています。その現実を作るために僕は愛を選択し続けたいと思っています。

その選択をするために、しっかり自分を見つめ、自分を知り、自分を愛し、自分を大切にする、そしてそれができた時、他の人も同様に自分を愛して自分を大切にしているんだと理解ができると思うのです。そうすれば、価値観は違っていいということも理解できると思いますし、その部分を否定することもできないはずだと僕は思っています。

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価値観という物差しで測っても、僕はしあわせな結果には繋がらないと思っています。それに価値観という外乱に自分が左右されることにもつながります。価値観が合わないから不幸になるのではなく、自分から不幸を選択していることに僕は気付きました。価値観が違ってもしあわせは選択出来ると僕は証明したいと思っています。

僕はいつ死んでも後悔しないように生きたいと思っています。貴重な人生の時間がつまらなく過ぎていくのが何よりも不幸だと僕は思います。

いつやるの?今でしょ!という林先生の言葉が以前大流行しました。幸せも同じだと思います。しあわせになりたい!ではいつまでたってもなりたいまま。いつも「今しあわせ」を選択できるように、日々しっかりと自分を見つめ、向き合っていけるといいですね!

本日もお付き合いいただきありがとうございました!

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撮影地:山梨県 河口湖 湖畔